日本財団再犯防止プロジェクト

 
サイト内検索:
<<インタビュー一覧に戻る

千房株式会社 中井政嗣社長

nakayama.jpg

 ーーなぜ職親プロジェクトを

 2009年、知人から「受刑者の就労支援を手伝ってもらえないか」という話があり、刑務所のことは何一つ知らないため、山口県の「美祢社会復帰促進センター」を視察に訪れました。その際、受刑者一人当たり経費が一年間250万~300万かかり、出所しても5年以内に半分近くが刑務所に戻ってくるという実態を初めて知りました。しかも再犯者の半分以上が無職で職場提供がいかに重要なのかを知り、「ぜひとも協力してほしい」と依頼を受けました。

 ーーすぐさま活動を

 支援が重要なことは理解できましたが、まず会社に戻り、会議に諮ると、賛否両論でした。「飲食店というのは人気商売。お客様が怖がって来てくれない。」という意見もありました。確かにそういうお客様がいるかもしれないが、応援してくれるお客様もいるかもしれない。損か得かではなく、善か悪かというと善に違いない。私自身もいろんな人に目をかけてもらい、支えられて今日があります。席上、「だれのおかげでここまで来たのか、いろんな人に支えられて今があるでしょう。経営も人の教育もマラソンではない駅伝、自分がしてもらったことを次にバトンタッチしてあげたいと思わないか。最終的に責任は社長がとる」。そう言って説得をしました。経済の元々の言葉である「経世済民」を知っていますか。文字通り「世を經め(おさめ)、民を濟う(すくう)」という意味で、この中にはお金という言葉は入っていません。「経済」には1文字もお金儲けと書いてありません。振り返ってみたら、「千房」の歴史はまさに「経世済民」だったと思い、決断しました。

 ーー覚悟を決めた

 協力雇用主制度は良いことをしているのに伏せている方が多い。私は支援するからには取り組みをオープンにしたいと考えました。「千房」はおかげさまで関西では少しは知られています。「千房」が受刑者就労支援に取り組んだという事が知られれば、社会に大きなインパクトを与えることができます。リスクはあるが、世に知らしめることによって、社会の受刑者に対する偏見を緩和させたい。受刑者の雇用は特別なことではないという世の中にしたいと思いました。

 ーーあの「千房」がと

 全国初の刑務所で採用募集が始まり、面接をすることになりました。最初は4人を面接し、全員が家庭崩壊でした。「こんな女にだれがした」という歌がありましたけれど、私は100パーセント罪をとがめることができず、面接中に泣かされました。そのうち2人に即内定を出し、衣食住をそろえ、私が身元引き受け人となりました。テレビや新聞で報道されることが決まり、オープンにするとはいったものの、やはり怖かったですね。お客様が来なくなったら、会社がつぶれるなあ、と不安になった半面、これで会社がつぶれるような社会ならば、こんな日本はもういいとまで思いました。そう思えるくらいの大きな決断でした。

 ーー反響は大きかったでしょう

 テレビや新聞でニュースになった翌日に一人だけ匿名で嫌がらせのメールが来た以外、「よくやった」「勇気ある行動に応援します」「食べに行きます」と応援メッセージがドッと殺到しました。間違ってなかった。うれしかったですね。そのうちに日本財団から6カ月間月8万円の支援の提案があり、寮や寝具、衣類などで一人70~80万円の経費がかかるためお受けすることにしました。

 ーー仲間を集めるハードルが下がりました

 そういうことですね。プロジェクトのスタートに際し、名称を決めることになりました。我々は職場を提供するが、単に職場を提供するだけでなく、身元引き受け人として24時間面倒をみるわけですね。いわば「職の親」です。それで「職親プロジェクト」として、企業7社で世界初の取り組みを立ち上げました。それが東京や福岡にも波及し、現在の形となりました。

 ーー順調でしたか

 これまでに21人採用し、4人が残っています。裏切って辞めた者、また罪を犯した者、夜逃げした者もいました。そのたびに心が折れそうになりますが、まじめに働いている元受刑者もいます。この人たちも否定するのかと思うと前向きになる。何が問題だったか、絶えず反省ですよね。「千房」も人手不足でどんな人間でも採用したいという大変な時期がありました。あるとき寮に行き、店長のアルバムを見ると、はちまき姿でオートバイにまたがっている姿がありました。自分自身を振り返っても同じです。7人兄弟で5番目の四男。勉強嫌いで家が貧乏ときている。中学校卒業後は就職することが、当たり前でした。会社の全国展開まっただ中の時、母親に「わたしがこうなると考えられたか」とさりげなく尋ねたことがありました。母親は申し訳なさそうに「まさか、夢にも思わなかった」。親ですら、我が子の成長がわからないのか。人間って無限の力を持っている、と改めて考えさせられました。

 ーー 他の経営者には

 いろんな経営者がプロジェクトに理解を示してもらっています。私はこう尋ねることにしています。「この取り組みはいいことか悪いことかどっちですか」。そうすると、100パーセントの人が「いいこと」と答えます。企業として、いいことをなぜしないのですか。これがすべてなんですよ。自分の人生を振り返った場合、だれと出会い、どう関わってきたのか。出会いはいくらでもありますが、どう関わってきたのかが大切です。出会いと関わりが数珠つなぎの線上に現在があります。過去は変えることができないが、自分と未来は変えられます。受刑者は過去に罪を犯し、法律的には罪を償い出所します。でも被害者のことは決して忘れてはなりません。社会に貢献できるように更生することも罪の償いだと考えています。だからこそ働く場を提供したい。取り組みを続けていくと、これまで私がさまざまな人に支えられてきたように、受刑者に手を差し伸べたいとの思いがどんどん深くなってきましたね。

《会社データ》
 ▽本社・大阪市浪速区難波中1ー10ー4南海野村ビル9F▽創業・昭和48年12月▽お好み焼きチェーン展開
<<インタビュー一覧に戻る