日本財団再犯防止プロジェクト

 
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大剛 岩本剛季 代表取締役

大剛 岩本剛季・代表取締役

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大学2年生の時に、英語を勉強するための学費稼ぎに焼き芋屋を始め、移動販売の車を増やし、京都、滋賀、大阪を売り歩いた。休みの日には、とび職の知人の仕事を手伝っていたため、建設業に関心を持つようになり、24歳で起業した。職親プロジェクトには、カンサイ建装工業・草刈社長の紹介で参加した。

「自分が起業したのも、人との出会いがきっかけでした。60歳代、70歳代の人が人生をやり直すのはなかなか難しいけれど、若い人ならやり直せますから。きっかけをつくってあげたいんです」

 これまでに3人採用したが、2人は辞めてしまった。会社に損害を与える行動をして会社を辞めた少年や、過去の問題行動を突然告白した少年もいた。

「構ってほしいから言ったのか、怒ってほしいから言ったのか分からない。あまりにも理解を超えていたので、諭すように話しましたが・・・」

 こんなこともあった。少年院で面接後、入社の決まった少年と半年ほど文通をして、意思の疎通を図っていた。会社にやってきた日、出所のお祝いの食事会を開いた。ところが翌日、少年はいなくなっていた。

 「会社が嫌だとかいう次元の問題じゃなくて、とぶ(姿を消す)ための準備でうちを使ったんでしょうね」

 会社に来た翌日に姿を消すのは特異なケースだが、「なんでとんだのか、どうしたらとばなかったのか、悩みますよ。日々悩んでいます。少年たちにとっての居場所を作ることが更生への一歩だと思いますが、その子にとって、どこが居場所なのだろうと考えてしまいます」

 そういうことがあっても、職親プロジェクトから離脱しようと思わないのは、なぜなのだろうか。

「うーん、やっぱり少年たちにきっかけを作ってあげたいんですよね。それに、僕が少年たちと接している中で体験したようなことを乗り越えなかったら、このプロジェクトは成功しませんから。僕には子供が2人いるのですが、本当にもう1人子供ができたぐらいの気持ちでいないと、とてもやっていけないなと思っています」

 岩本さんは、少年院で少年たちを前に話をすることがよくある。

「少年たちに、『何か夢を持っているか』と聞くと、8、9割が『社長になりたい』と言うんですよ。自分はできる人間だと思っている子が多い。たまたま捕まって少年院に入ったという認識です。『次は捕まりません』とみんな言う。でも、そういう意識が抜けないと、同じ過ちを繰り返すかも知れません」

 また、少年院内での職親プロジェクトに対する理解不足も感じるという。

「職親プロジェクトがどういうものか分かっていないから、どういうものなのかをよく説明します。そして、『職親に参加している社長たちはみんな熱く受け止めてくれるから、そこで頑張っていきましょう』と話すんです。職親をもっと知ってもらいから、ポスターも作りました。少年たちの意見を聞きながら、もっと知名度を上げていきたい」

 岩本さんは、社長になりたいと言う少年たちの姿を見て、思うことがある。

「少年院でね、僕らの税金を使って、一人400万とか500万使って更生させようとするでしょ。でもこの少年たちが一生懸命働いて、それと同じぐらいの税金を納めるような存在になれば、絶対に世の中は変わりますよ。何かきっかけがあれば、立ち直る少年は沢山いる。職親を次へのステップにして更生してくれればいいんです」

 しかし現実には、結果を出す以前の段階で姿を消してしまう少年も少なくない。

「正直、なかなか成功事例が見えにくいですが、優秀な子がもっと来るようになれば、社長になるような子も出てくるかも知れません」

少年たちの再出発と職親プロジェクトの普及に日々奮闘する岩本さん。苦労の連続のようにも思えるが、最近、喜びを感じることがあった。

「うちで働いている子に『これからどんどん後輩が入ってくるよ』と言ったら、『自分がしっかり仕事を覚えて、後輩を教えられるようになりたい』と言ってくれたんです。うれしかったですね。過去は絶対に変えられないけれど、未来は変えられる。変化は絶対に大切なんです。おこがましいようだけど、僕らがきっかけになって変わってくれれば、こんな素晴らしいことはないですよ」

《会社データ》本社・大阪市西成区南津守5丁目6番56号 《事業内容》 解体工事業

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