日本財団再犯防止プロジェクト

 
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セリエコーポレーション 代表 岡本昌宏氏

10年後には独立して社長になる夢を持てる、有望な仕事『とび職』で再出発!

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ーー建設業の中で、とび職の魅力は何ですか。

 一度手に職がつけば、日本全国どこででもご飯を食べていけますし、8時から17時までで、ピタっと仕事が終われます。日曜日は休めます。最初はきついですが、10年を超えたら、こんな楽な仕事はないのではないのかって思うほどです。私は19歳で、とびの世界に飛び込み、逃げ出したくなるほど辛いこともありましたが、11年目に独立できました。10年頑張って手に職をつければ、皆、独立して社長になれるチャンスがある事です。

ーー現場で活躍されているのは、50代、60代の、とび職の方たちが多いそうですね。

 高齢化しています。なかなか10代、20代のなり手がいない中で、若い人たちが今からスタートして、10年後に独立して、周りを見渡したらライバルが少ない。だから大チャンスですよ。30代、40代でもまだまだいけますし。将来的にも本当に夢のある仕事だなと思います。これは、とび職に限った話ではなくて、飲食や美容なども。「手に職」をつける事をお勧めしています。

ーー建設業は、人手不足で海外からの研修・実習生も増えていますね。

 オリンピックまでは建設ラッシュで人手不足が続いていきますけど、その後どうなるかっていうと、新築の建物は少しずつ減っていくと思います。ただとび職っていうのは、新築工事と改修工事の両方に携わることができます。とび職をお勧めしている点はそこにもあるのです。3Kの代表格で体がきついんですけど、20年後、30年後どうなっているかっていったら、ロボット化だとか機械化がさらに進んで、現場の朝礼で、「おはようございます!今日はとび1名、ロボット2名」とか。そんな世界になっているのではないかと。体も楽になり、働きやすい職場環境になっていると想像しています。自分の体が動かなくなったらどうするのかよく聞かれるのですが、だから若手の育成に先ず力を入れて育てる。20年、30年後はその若手たちに機械化による働きやすい現場で稼いでもらう、これが長期ビジョンです。

ーー職親プロジェクトに参加された経緯は。

 10年前に独立して、その当初からやっぱり人を増やさなければと考えていました。そのころ、児童虐待が社会的に問題視されていました。職親として、仕事・住まい・親代わりの3点セットで、神奈川県内の児童養護施設や児童相談所の保護所にいる15~17歳で親に拒否されている子、親がいない子の親代わりとして、職親を1人で始めました。偶然、いつも読んでいる経済誌に、2013年2月に大阪で始まった、『日本財団・職親プロジェクト』の広告が目に飛び込んできて。1人でやっていたものですから、職親プロジェクトって私のことかなって思ったんです。それを見て日本財団にすぐ問い合わせをしました。問い合わせがあちこちからあったそうで、6月に東京説明会が開かれました。大阪・お好み焼き千房の中井政嗣社長もわざわざ大阪から駆けつけてくださって、じゃあ!やりましょうっていうことで参加しました。

ーー現在、職親プロジェクトで4人受け入れておられますね。

 1人1人育ってきた環境が違いますし、性格も違います。いろんな問題を抱えているのですけど、共通していることは、なかなか仕事を継続することが難しいという点です。2015年2月に少年院を出た21歳。2月から9ヵ月無遅刻無欠勤で頑張ってやってます。もう1人は、職親プロジェクトで刑務所から7月に出所した42歳。無遅刻無欠勤で、休まず頑張って継続しています。この2人は、今の段階では、うまくいっています。ただやっぱり日々いろんな壁にぶつかったりします。日常生活、仕事、両方の面です。自分で解決しようとするんです。それを保護司の先生、それから保護観察所の監察官の方、それからセリエの同僚、寮母、生活相援員。より多くの大人たちの目で見守る環境をつくって、なんとかくじけずに前に進めるようにしているんですが、やっぱり皆ちょっと上手くいかないと、「やっぱり俺はダメだ」とか、すぐ陥りがちなんですよね。そこでどう周りがサポートしてやっていくかっていうことで、日々闘っています。

ーー定着できない人もいますか。

 もちろん職親プロジェクト以外で今まで来てくれた人の中には、2日でいなくなってしまった事もありましたし、1週間で何も言わずに寮にあったテレビを売りとばして、それで金を握っていなくなった人もいますし、いろいろですよね。やっぱり仕事が続かなかった子たちを考えると、セリエの居心地が悪かったんだろうなって思い、次に受け入れる時にはもっと環境をよくしてあげようだとか、あの時こうして対応してあげていたらどうだったかなっていう気持ちを。私たちも受け入れながら失敗をバネにめげずにやっています。

ーーどういう部分が、窮屈と感じられてしまうのですか。

 それはやっぱり仕事がきついのもあるんですけど、先ず大きいのは、少年院、刑務所にいて社会から閉ざされた環境で、少年院だったら1年、刑務所でしたら、今の職親で対象になっている子たちは2年から4年、その中で情報が遮断されている中で生活して、そこから出所。仕事・住まい・親代わりが決まっていますという状況でも、ポッと社会の中に出てきても、中で思い描いていた理想と実際の現実の差が、やっぱりすごくあるんですよね。それをどう埋めてあげられるかです。

ーーこの職親プロジェクトの意義はなんですか。

 私は今までも1人職親をしてきたのですが、これまで周りと情報を共有するとか一切なかったんですけど、このプロジェクトのおかげで、こういうことがあったよ、だとか、いろんないい事例、悪い事例を共有できる。セリエで活かせる、ここはほんとに大きい事だと思います。あとは職親プロジェクトに参加されている企業の皆さんがほんとに熱い方たちばかりなので、そういう方たちとお会いして話をする中で、今まではめげていたようなことが起きても、あの社長の顔が浮かんだり、笹川会長(日本財団)の顔が浮かんだり。これじゃあここでめげていられないなっていうような思いを持てるようになったので、ほんとありがたく思っています。

《会社データ》▽本社・神奈川県横須賀市三春町3-35-34 ▽事業内容・建設業とび職(建築、改修、土木、全分野)

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