日本財団再犯防止プロジェクト

 
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株式会社一門会 上山勝也社長

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 ーーなぜ職親プロジェクトに参加することになりましたか

 学生時代、ボクシングをしてて、社員にもボクシングの仲間もおりますし、刑務所や少年院を出た人に働いてもらい、更生させたいという思いがありました。そんなとき、千房の中井政嗣社長が出演したテレビ番組を見て、すぐに直接、電話をかけて、「いい社会貢献ですね。僕も一緒にできますか」という話をしました。うちの会社も若い従業員が多いですので、若い者の面倒をみるという使命感のようなものがあり、どうせ面倒みるのなら、刑務所や少年院に入って傷が付いた子も普通の子も同じ人間として一緒やという感じです。

 ーー実際に職親プロジェクトが始まっていかがですか

 結局はその人間に対する愛情の深さだと思いますね。親に虐待を受けた子供たちを預かっている児童養護施設で一緒にサッカーして、風呂に入り、その場で串カツを揚げて食べるという社会貢献活動を続けています。僕らは両親に育てられたという感謝の気持ちを持っています。でも、「人の物を盗ったらアカンよ」というような基本的なしつけも教育も受けずに育った人間が物を盗っても、世間一般では犯罪ですが、その人間にとっては犯罪じゃないんです。一人一人の人間にとって、育ってきた環境がどうかが問題だと思います。生きていく上で大切なことをこれまでにだれにも教わっていないならば、それなら僕が親代わりになって、教えていかなければなりません。そう考えました。

 ーー基本的に更生には深い愛情がもっとも重要ですと

 そう思います。でもどんなに愛情を注いでも、裏切られることもあるでしょう。職親プロジェクトの場合は大人といってもまだ若い人ばかりです。なぜそうなったかが大切と思いますね。これまで人の愛情を、人の優しさを感じていない人間が罪を犯しているような気がしています。どうでしょうか、本当に人間は生まれながらに邪悪な人間というのがいるのでしょうか。中にはいるでしょうが、ひとつかみですよ。人間は育った環境次第でどうにでも変わる気がします。

 ーー少年院や刑務所で行われる面接ではどこを見ていますか

面接で格好をつけても仕方ありません。チャラいのが多いですから、おまえの精神たたき直したるという感じで、正直に話してくれと話します。「うそはバレるからうそはつくな。おまえのうそなんかすぐに見破られるぞ。バレたときは信用がみんななくなる。全部言え」と最初に言いますね。

 ーーそれでこれまでに雇用したのは

 男性ばかり5人雇い、2人が辞めましたが、問題なく退社しました。3人はいまも働いていますよ。雇用する前、社内には抵抗感がありました。それは言葉ではなく、従業員の顔
つきでわかります。どうなんやろうかという不安が出ていました。でも、来てしまえば普通の子ですから、実際に接客したり、調理したりと普通の従業員と同じように仕事を始めますと、預かった店長が「全然普通です」と言ってくれました。普通の従業員とまった
く変わりません。他の従業員にもいい影響があるのではないでしょうか。他人を色眼鏡で見るか、見ないかですが、かなり影響はあると思います。

 ーー逆に外部からの反応というのはありましたか

 まったくありません。「そんなんしてんねんねえ」といわれるくらいで、他にはほとんどないですね。

 ーー雇用するにあたって気をつけたことは

 通常の従業員を雇い入れるときと同じですが、最初に「まじめにがんばれ。人生はやり直しがきく。これからの人生の方が長いぞ」と声をかけますね。「後はおまえが面倒をみてくれ」と預けた店長任せにしていますが、ボクシング上がりの体育会系店長のところに放り込んでいますから、がんがん鍛えられていると思います。それでも普通の従業員と変わりませんし、若い従業員が多いので仲間意識が芽生えるという周囲の環境のせいかもしれませんが、みんなまじめに働いています。まじめに働けば、社員に採用する可能性もあります。

 ーーこれからの雇用計画はいかがですか

 もう面接が終わっていますので、4月までに男性3人、女性1人の4人を雇います。かなり増えますが、まったく問題はないと思っています。職親プロジェクトのために本社近くの新世界に寮を作りましたので、全員は寮生活になります。

 ーー職親で雇った人たちにはどんな人生を歩んでほしいと

 普通の従業員と同じように、将来的にもうちの会社でまじめに働いてくれることを願っています。でも「他の仕事がしたい」と言われれば、「何でや」とは尋ねますが、プラスとなると思えば喜んで送り出します。それも普通の従業員と同じです。雇った子が普通に働いて生活してくれればうれしいです。一生面倒をみてやろうと思っています。

《会社データ》本社・大阪市浪速区恵美須東1―6―8 創業・昭和4年 事業内容・串カツ専門店
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